「長濱ねる」という珍しい名前を見て、「これって本名?それとも芸名?」と疑問に思う人は多いでしょう。
結論からお伝えすると、長濱ねるは本名です。
そして、この名前には母親の深い愛情と願いが込められています。
「ねる」という名前は、お母さんが「考えを練る」という意味を込めて名付けました。
さらに、名前に「る」という文字をどうしても入れたかったお母さんが、あいうえお順に「る」と合う文字を探していった結果、「ねる」がしっくりきたのだそうです。
長崎県長崎市で生まれ、3歳から7歳まで五島列島で育った長濱ねるさん。
偏差値72の長崎西高校出身で、高校生クイズでは長崎県大会決勝まで進出した才女でもあります。
2025年現在27歳となり、女優やタレントとして活躍の場を広げています。
長濱ねるさんの本名に隠された母親の思いから、現在の輝かしい活動まで、あまり知られていないエピソードも交えながら詳しく解説していきます。
長濱ねるの本名は「長濱ねる」|芸名ではなく本名で活動
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— 長濱ねるしか勝たん (@nagahamashika) October 12, 2025
「ねる」という名前は本名!母親が名付けた理由とは
長濱ねるさんの「ねる」は、紛れもない本名です。
この珍しい名前を付けたのは、お母さんでした。
お母さんには、娘の名前に対する2つの強い思いがありました。1つ目は、名前に「る」という文字をどうしても入れたかったこと。2つ目は、「考えを練る」という深い意味を込めたかったことです。
名付けの過程がとてもユニークで、お母さんは「あ」から順番に「る」と組み合わせて試していったそうです。
「ある」「いる」「うる」…そうやって一つ一つ試していく中で、「ねる」が一番しっくりきたのだそうです。
まさに、お母さんが「考えを練って」名付けた名前だったのですね。
学生時代は名前で苦労したエピソード
しかし、この珍しい名前は、幼い長濱ねるさんにとって悩みの種でもありました。
特に転校が多い環境で育った彼女にとって、新しい学校での自己紹介は毎回試練だったのです。
長濱ねるさん自身がラジオで語ったエピソードが印象的です。
小学校2年生で転校した時のこと、黒板に「長濱ねる」と書かれた自分の名前を見たクラスメートから、「ねるって本名?」と100%の確率で質問されたそうです。
「もうそのときの気まずさ!」と当時を振り返る長濱ねるさん。
転校するたびに同じ質問を受け、説明を繰り返すうちに、「最初の頃は自分の名前が嫌いだった」と告白しています。この心の痛みを想像すると、胸が締め付けられる思いがします。
今は名前を愛している|芸能界で生かされた個性
ところが、芸能界に入ってからは、この珍しい名前が大きな武器になりました。
「ねる」という名前のおかげで、一度聞いたら忘れられない、すぐ覚えてもらえるようになったのです。
現在の長濱ねるさんは、「今はもう好きになったけど」と語っています。
かつて悩みの種だった名前が、今では自分らしさの象徴となり、多くの人に愛される理由の一つになっているのです。
欅坂46は本名活動が基本|グループの方針と透明性
長濱ねるさんが所属していた欅坂46(現・櫻坂46)は、メンバーが本名で活動することを基本方針としていました。これは、ファンとの距離を縮め、より親しみやすいイメージを作るための戦略でもありました。
本名で活動することで、ファンに対する透明性と誠実さをアピールし、ステージ上だけでなく、日常生活においても同じ人物であることを感じてもらえる効果があります。
長濱ねるさんの場合、この珍しい本名が話題性も生み、グループ全体のイメージ戦略にも貢献していました。
長濱ねるのプロフィール|27歳の今も活躍中【2025年最新】
基本プロフィール
本名:長濱ねる
生年月日:1998年9月4日(27歳)※2025年10月現在
出身地:長崎県長崎市
身長:159cm
血液型:O型
所属事務所:フラーム(2025年8月〜)
職業:女優、タレント
特技:クイズ
趣味:読書、知らない街の散策、釣り
長濱ねる、大人シックな着物姿を披露「袖を通すと背筋が伸びるような」 ランウェイ練り歩き会場を魅了 https://t.co/uDUIlMEU7f#長濱ねる
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2025年の主な活動
2025年の長濱ねるさんは、女優としての活動を中心に多岐にわたって活躍しています。
ドラマ出演では、フジテレビ系『アンサンブル』でパラリーガル・園部こずえ役、テレビ朝日系『いつか、ヒーロー』で樋口ゆかり役を演じました。
また、『若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―』では三女・衿役として出演し、演技力の幅を見せています。
報道番組への挑戦も注目されました。
日本テレビ『news zero』の火曜パートナーとして、これまでとは違う分野での才能を発揮しています。
さらに、8年ぶりとなる第2写真集『長濱ねる』を7月に発売。
アイスランドとフィンランドで撮影された160ページの大ボリューム写真集は、25歳の彼女の新たな魅力を記録した作品として話題になりました。
五島列島で育った幼少期|長濱ねるの原点
3歳から7歳まで五島列島・中通島で過ごす
長濱ねるさんの人格形成に大きな影響を与えたのが、3歳から7歳まで過ごした五島列島での生活です。
長崎県の新上五島町(旧奈良尾町)の中通島で、海と自然に囲まれた環境で幼少期を送りました。
この島での生活は、今でも長濱ねるさんの「原点」となっています。
誕生日にケーキ屋さんがなくて、お母さんが手作りでケーキを作ってくれたエピソード。
小学校入学時のピンクのランドセルを通販で購入したエピソード。
こうした些細な出来事一つ一つが、彼女の温かい人柄を育んだのでしょう。
五島列島は今も心の故郷
現在でも、長濱ねるさんにとって五島列島は特別な場所です。
フジテレビのドキュメンタリー番組『セブンルーツ』では、五島を訪問し、自分のルーツを辿る旅を行いました。
第1写真集『ここから』も五島列島で撮影され、故郷への深い愛情を表現しました。
「迷ったときに帰る場所」として、心の支えになっている五島列島。
2025年も福江島を訪問するなど、現在も故郷との絆を大切にし続けています。
長濱ねるの学歴|偏差値72の進学校出身の才女
長崎県立長崎西高校(偏差値72)出身
長濱ねるさんの知的な魅力の源泉は、その学歴にも表れています。
出身高校は長崎県立長崎西高校で、偏差値は72という長崎県内トップクラスの進学校です。
この高校は、長崎県内の公立校では最難関レベルとされ、毎年多くの生徒が国公立大学に進学する名門校です。
そんな環境で学んだ長濱ねるさんの基礎学力の高さは、後の活動にも大きく影響しています。
高校生クイズで長崎県大会決勝進出の実力
長濱ねるさんの「才女」ぶりを象徴するのが、高校生クイズでの活躍です。
全国高等学校クイズ選手権の長崎県大会で、なんと決勝まで進出するという快挙を成し遂げました。
しかも、この大会に2年連続で出場しており、一過性の実力ではないことがわかります。
「知力、体力、チームワーク」すべてが求められるこの大会で結果を残すことは並大抵のことではありません。
高校生クイズに出場したきっかけも興味深く、お笑いタレントの影響だったそうです。
「当時の友達と会いたい!」と語る長濱ねるさんの言葉からも、この経験が特別な思い出になっていることがうかがえます。
欅坂46で初代インテリ女王に輝く
欅坂46に加入後も、長濱ねるさんの知性は多くの場面で発揮されました。
特に印象的だったのは、番組『欅って、書けない?』のインテリ女王決定戦での活躍です。
ペーパーテストでは89点という高得点を叩き出し、早押しクイズでも見事優勝を果たして、初代インテリ女王の座に輝きました。
また、クイズ番組『ザ・タイムショック』にも出演するなど、クイズ番組での活躍は多岐にわたります。
「かわいい」だけではない、知的な魅力。
これが長濱ねるさんの大きな特徴であり、多くのファンを魅了する理由の一つでもあります。
長濱ねるの家族構成|教師の両親と2人の兄弟
5人家族の末っ子として育つ
長濱ねるさんは、父、母、兄、姉、本人の5人家族の末っ子として育ちました。
教育熱心で温かい家庭環境が、彼女の人格形成に大きな影響を与えています。
家族の絆の深さは、長濱ねるさんの様々なエピソードからもうかがえます。
特に、芸能界入りを巡る家族のやり取りは、家族愛の深さを物語る感動的なストーリーでもあります。
父親は教師で運動部の顧問
お父さんは中学校または高校の教師として働いており、運動部の顧問も務めています。
朝練から夜遅くまで、生徒たちのために尽力する教育者です。
長濱ねるさんの小学校入学時、五島列島にはランドセルを売っているお店がありませんでした。
そこでお父さんがインターネットオークションでピンクのランドセルを購入してくれたというエピソードは、娘への愛情の深さを表しています。
母親は小学校の養護教諭
お母さんは小学校の養護教諭(保健室の先生)として働いています。
長濱ねるさんが通っていた小学校でも勤務しており、小学1年生の時は寂しくて保健室にお母さんに会いに行ったこともあったそうです。
「ねる」という名前の命名者でもあるお母さん。
当初は娘のアイドルオーディション挑戦に反対していましたが、後に娘の夢を理解し、支えることになります。
姉は教師、兄も家族思い
お姉さんも現在教師として勤務しており、家族の教育者気質がうかがえます。
長濱ねるさんが上京を迷っていた時、姉から「失敗する前に止めるより失敗してから手を貸す」という印象的な言葉をかけられ、それが上京の決意を後押ししたといいます。
お兄さんについても家族思いのエピソードがあり、長濱ねるさんを温かく見守る存在です。
教育関係者が多い家庭環境が、長濱ねるさんの知性と人柄を育んだことは間違いありません。
欅坂46加入の苦難|母の反対と特例加入の物語
オーディション最終審査直前に長崎に連れ戻される
長濱ねるさんの欅坂46加入には、まるでドラマのような感動的なストーリーがあります。
2015年の欅坂46(当時は鳥居坂46)1期生オーディションに挑戦した際のことです。
ご両親は「受かるはずがない」と記念受験のつもりでしたが、長濱ねるさんは1次審査、2次審査を順調に突破していきます。
しかし、最終審査の直前になって、なんとお母さんが東京まで迎えに来て、長濱ねるさんを強制的に長崎へ連れ帰ってしまったのです。
「三次審査に落ちても受かってもその日に帰って来なさい」というお母さんの厳しい言葉。
当時の長濱ねるさんの心境を想像すると、どれほど悔しく、悲しい思いをしたことでしょう。
長濱ねるほんとにかわいいです あなたも推しなら❤ください#長濱ねる #欅坂 pic.twitter.com/g7upNUvdJj
— 長濱ねるしか勝たん (@nagahamashika) October 12, 2025
父親の説得と特例での遅れての加入
ところが、ここから物語は急展開します。
号泣する娘の姿を見たお父さんが、運営に相談を持ちかけたのです。
そして、乃木坂46のコンサートに家族を招待してもらい、両親がコンサートを実際に見ることで、娘が本気でアイドルになりたがっている理由を理解したのです。
この時のお父さんの機転と理解力がなければ、今の長濱ねるさんはいなかったかもしれません。
結果として、3ヶ月遅れで2015年11月に特例加入することが決まりました。
最終オーディションを受けていないため条件付きの加入でしたが、これが長濱ねるさんの芸能人生のスタートとなったのです。
けやき坂46からのスタート
特例加入のため、長濱ねるさんはまずけやき坂46(ひらがなけやき)からスタートしました。
デビューシングルの選抜には漏れましたが、カップリング曲「乗り遅れたバス」では中心メンバーとして活躍。
まさに「乗り遅れたバス」のように遅れてスタートした彼女が、後に大きく花開くことになるのです。
けやき坂46との兼任解除の理由|体調面を考慮した決断
2017年9月に兼任解除を発表
2016年から欅坂46とけやき坂46の兼任という特殊な立場にあった長濱ねるさん。
しかし、2017年9月に兼任解除が発表されました。
兼任期間中は、欅坂46の活動とけやき坂46の活動を両方こなすという、想像を絶する多忙さでした。
レコーディング、リハーサル、コンサート、握手会、テレビ出演…休む暇もない日々が続いていたのです。
運営側の発表では「体調面を考慮」しての決断とされ、長濱ねるさんの健康を最優先に考えた判断でした。
兼任解除後の心境の変化
兼任解除について、長濱ねるさん自身は「ハンデがなくなった」「同じラインに立てた」と表現しています。
これまで特例加入、兼任という特殊な立場にあった自分が、ようやく他のメンバーと対等になれたという安心感があったのでしょう。
より積極的に活動できるようになり、欅坂46のメンバーとして堂々と語れるようになったといいます。
この心境の変化が、その後の活躍にもつながっていくことになります。
2019年7月に欅坂46を卒業
約4年間の欅坂46での活動を経て、2019年7月に卒業を発表。
卒業後は一時芸能活動を休止しましたが、2020年7月に芸能界復帰を果たします。
この休止期間は、長濱ねるさんにとって自分自身を見つめ直す大切な時間だったのかもしれません。
そして復帰後は、アイドルとは違う新たな分野での活躍を見せることになるのです。
長濱ねるの写真集|2度の水着撮影に挑戦
第1写真集『ここから』(2017年)
長濱ねるさんの第1写真集『ここから』は2017年に発売され、故郷の五島列島で撮影されました。
18歳の夏を写し撮った青春の記録として、多くのファンに愛され続けています。
発売初週で10万部近く売り上げるなど、商業的にも大成功を収めました。
故郷の美しい自然を背景に、初めての水着撮影にも挑戦。
あどけなさの残る18歳の長濱ねるさんの魅力が詰まった作品です。
欅坂46・長濱ねる写真集、"異例"3度目の重版が決定https://t.co/uvboBza9bv pic.twitter.com/fYcimIUPVx
— LINE NEWS (@news_line_me) December 27, 2017
第2写真集『長濱ねる』(2025年7月発売)
そして2025年7月、8年ぶりとなる第2写真集『長濱ねる』が発売されました。
今度の撮影地はアイスランドとフィンランドという北欧の地で、25歳になった長濱ねるさんの新たな魅力を記録しています。
写真家は高橋ヨーコ氏が担当し、160ページの大ボリュームで構成されています。
「時が経ってもまた開きたくなる写真集」をテーマに、大人になった長濱ねるさんの美しさと内面の成長を表現した作品となっています。
アイスランドの地熱温泉で撮影された水着ショットなど、18歳の時とは違った大人の魅力を見せる写真集として話題になりました。
長濱ねるの「かわいい」魅力|たぬき顔と透明感
たぬき顔の親しみやすさ
長濱ねるさんの魅力を語る上で欠かせないのが、その「たぬき顔」の愛らしさです。
大きくて丸い瞳、ふっくらした頬、ぷっくりした唇が作り出す小動物のような可愛らしさは、多くの人の心を掴んで離しません。
この親しみやすい表情が「おっとり」「癒し系」といった印象を与え、見ているだけで心が和むという声が多く聞かれます。
まさに「ねるちゃん」という愛称がぴったりの、優しい印象を与える顔立ちです。
“長濱ねる顔”は、全女子の憧れ♡
— ぴょん (@_nerunagahama) October 11, 2024
たぬき顔の時代がキテますね!😎#長濱ねる #sweet https://t.co/7TrS0n7hmG pic.twitter.com/utsBtUnb1H
圧倒的な透明感
長濱ねるさんのもう一つの大きな魅力は、その透明感です。
透き通るような肌、整った顔立ち、そしてナチュラルな笑顔が「天使のよう」と評される理由でしょう。
五島列島の美しい自然の中で育った環境も、この透明感を育んだ要因の一つかもしれません。
都会的な洗練さとは異なる、自然体の美しさが長濱ねるさんの特徴です。
多彩な表情の変化
単に可愛いだけでなく、長濱ねるさんは多彩な表情を見せてくれます。
あざとい表情、大人っぽい表情、セクシーな表情…様々な魅力を使い分ける技術は、まさにプロの表現者としての実力です。
特に「彼女感」を漂わす雰囲気は、多くのファンの心を掴む秘密兵器。
この多面性が、長濱ねるさんの持続的な人気の理由でもあります。
2025年の長濱ねる|女優として活躍の場を広げる
ドラマ出演作品
2025年の長濱ねるさんは、女優としての活動を中心に多岐にわたって活躍しています。
主な出演作品には以下があります:
- 『アンサンブル』:パラリーガル・園部こずえ役
- 『いつか、ヒーロー』:樋口ゆかり役
- 『若草物語―恋する姉妹と恋せぬ私―』:三女・衿役
- 『366日』:出演
これらの作品を通じて、長濱ねるさんの演技力の幅と成長を確認することができます。
アイドル時代とは違う、女優としての新たな魅力を発揮しています。
報道番組への挑戦
2025年の大きなチャレンジとして、日本テレビ『news zero』の火曜パートナー就任があります。
報道番組での活動は、長濱ねるさんにとって全く新しい分野への挑戦です。
知的な魅力を活かしたコメンテーターとしての活動は、高校生クイズで鍛えた知性と、長崎西高校で培った学力が基盤となっています。
アイドル、女優に続く第三の活動分野として注目されています。
その他の活動
女優業や報道番組以外にも、長濱ねるさんの活動は多岐にわたります:
- エッセイ執筆:文章力を活かした執筆活動
- ラジオナビゲーター:『NTT Group BIBLIOTHECA』
- 長崎市観光大使:故郷への貢献
- KIMONOIST 2025アワード受賞:着物姿での活動が評価
2025年10月には赤色シックな着物姿でランウェイを歩き、「いつもより大人っぽい」と評価されました。27歳になった長濱ねるさんの大人の魅力を象徴する出来事です。
まとめ|長濱ねるの本名に込められた母の願い
長濱ねるさんの本名「長濱ねる」は、母親の深い愛情が込められた特別な名前でした。
「考えを練る」という意味と、「る」という文字への思い入れから生まれたこの名前は、彼女の人生そのものを表しています。
幼い頃は珍しい名前で苦労することもありましたが、今ではその個性が大きな武器となり、多くの人に愛される理由となっています。
五島列島で育った自然児、偏差値72の進学校出身の才女、高校生クイズ県大会決勝進出の実力者…様々な顔を持つ長濱ねるさんですが、その根底にあるのは母親が込めた「考えを練る」という願いなのかもしれません。
2025年現在27歳となった長濱ねるさんは、女優、タレント、コメンテーターとして活躍の場を広げています。
母親の反対を乗り越えた欅坂46加入、8年ぶりの写真集発売、報道番組への挑戦…新しいことに挑戦し続ける姿勢は、まさに「考えを練って」行動する彼女らしさの表れです。
珍しい本名から始まった長濱ねるさんの物語は、これからも続いていきます。
母親が込めた願いと共に、彼女がどんな新しい魅力を見せてくれるのか、今後の活躍が楽しみでなりません。

