勝又春の出身中学は同志社!エスカレーターを蹴った決断と学歴ルートを解説

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勝又春の出身中学は同志社

櫻坂46・四期生の勝又春さんは、小学校から同志社系列に通いながら、中学3年生のときに「内部進学の権利」をあえて手放した。
その先に待っていたのが、難関公立・堀川高校、そして京都大学という道だった。

「なぜ安定を捨てたのか?」——この一つの問いが、勝又春という人物の本質に迫る鍵になる。


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勝又春の学歴ルート一覧

まず全体像を整理しよう。

学校区分偏差値目安
同志社国際学院初等部私立小学校
同志社中学校私立中学校約60
京都市立堀川高校公立高校67〜72
京都大学 農学部 食料・環境経済学科国立大学約62.5

小学校から私立の一貫教育を受け、公立の難関高校を経て、日本最難関クラスの国立大学へ。
この学歴ルートは、一直線に見えてじつはとても「いびつ」だ。なぜなら、途中で安定したレールを自分で降りているから。


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同志社中学校とはどんな学校か

勝又春さんが通っていた同志社中学校は、京都市上京区にある私立校だ。
同志社大学の創立者・新島襄が「良心を手腕に運用する人物の養成」を掲げた理念のもと、キリスト教主義にもとづく全人教育を行っている。

特徴は、エスカレーター式の進学ルートが整っていること
同志社中学校から同志社高校、そして同志社大学まで、外部受験をしなくても進学できる仕組みが用意されている。
内部進学率はおよそ85%。
つまり、クラスのほぼ全員がそのまま同志社の上の学校へと進む。

同志社国際学院初等部との違い

ここで一点、よく混同されがちなことを整理しておこう。
勝又春さんが通った小学校は「同志社中学校」ではなく、「同志社国際学院初等部」という別の学校だ。
同志社系列には複数の学校があり、初等部(小学校)→中学校と内部進学して同じ系列に通い続けていた、というのが正確な流れになる。

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安定を手放した日:内部進学辞退という決断

ここが、この記事で最も伝えたいポイントだ。

中学3年の夏。多くの同級生が「このまま同志社高校に上がる」という当たり前の未来を歩もうとしていたとき、勝又春さんは違う選択をした。

「エスカレーター式で大学まで行けたけれど、違う世界を見たかった」

これは、勝又さん本人がのちに語った言葉だ。
シンプルな一言だが、その裏には相当の葛藤があったはずだ。 takara3

想像してほしい。毎日一緒に過ごしてきた友達のほぼ全員が、同じ学校にそのまま残る。
自分だけが外の世界に飛び出そうとしている。
失敗したら?受験に落ちたら?そんな不安が頭をよぎっても、おかしくない。

それでも彼女は、受験という「リスクのある選択」を取った。


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賛成・反対、両方の視点で考える

この決断については、見る角度によってまったく異なる評価がある。
両方の立場で考えてみよう。

✅ 賛成:自分を試すことには価値がある

「エスカレーターに乗り続けることが必ずしも正解ではない」という考え方は、教育の世界では広く支持されている。
自分の実力で受験に挑むことで、「私はやれば本当にできる」という自信が、単なる成績以上の財産になる。

勝又さんの場合、その選択が現役での京大合格という結果につながった。
もし内部進学の道を歩んでいたら、あの京大合格はなかったかもしれない。
「安定を手放したことが、より大きな可能性を開いた」という見方ができる。

❌ 反対:リスクを取ることが全員に正解ではない

一方で、「同志社のような良質な教育環境を自ら手放すのは惜しい」という意見もある。
同志社系列は偏差値や進学実績だけでは測れない、独自の校風や人的ネットワーク、キリスト教主義の全人教育という価値を持っている。

内部進学した同期の中には、同志社大学でしか得られない出会いや経験をした人も多いだろう。
「どちらの道が正しかったか」は、正直だれにも断言できない。

さらに言えば、勝又さんが「たまたま京大に受かった」から美談になっているだけで、もし受験に失敗していたら、この話は全然違うトーンで語られていたはずだ。
結果で美化されがちな決断の裏にあるリスクも、忘れてはいけない。


堀川高校から京大へ:選んだ道の先

内部進学を辞退して進学したのが、京都市立堀川高校だ。
偏差値67〜72の公立進学校で、2000年代以降に急速に進学実績を伸ばし、今では京都府内トップクラスの学校として知られている。
勝又さんの卒業年度にも、25名が京都大学に合格している。

高校でも勝又さんは、アイドルとの両立をしながら学業を続けた。
その後、現役で京都大学農学部 食料・環境経済学科に合格。坂道グループ初の旧帝大生として話題になった。


「自分らしさ」のための公表:2026年1月の告白

2026年1月4日。勝又春さんは自身の公式ブログを更新し、こんな書き出しで始めた。

「新しい一年の始まりにあたって、今日は一つ、みなさんにご報告があります」

これまでファンの間では「もしかして京大生?」という噂はあったものの、本人は長い間明かしてこなかった。
公表の理由を彼女はこう語っている。

「『自分らしさ』を大切にしたいという思い」

学業を隠すことへの葛藤、「どこか自分らしくなかった」という感覚——それを乗り越えた告白は、ファンの間でSNSを中心に大きな反響を呼んだ。 youtube

このエピソードは、同志社のエスカレーターを辞退した中3のあの夏と、どこか重なって見える。
「自分が本当に正直でいられる道を選ぶ」という軸が、ずっと彼女の中にあったのかもしれない。


まとめ:同志社エピソードが語ること

勝又春さんの学歴ルートを整理すると、こうなる。

  • 同志社国際学院初等部(小学校)→ 同志社中学校(内部進学)
  • 中3で内部進学を辞退 → 堀川高校(外部受験)
  • 現役で京都大学農学部に合格
  • 2026年1月、在学を自ら公表

「安定を手放す勇気」と「自分を試したい気持ち」が重なったあの決断が、京大合格にもアイドルとしての活動にも通底している。

どちらが正解かは分からない。でも、自分で選んだ道を走り続けることが、勝又春という人物の一番の魅力なのだと思う。


📌 この記事について
本記事は2026年2月時点の公開情報をもとに作成しています。学校の偏差値・内部進学率などは時期により変動する場合があります。勝又春さんは2026年3月に京都大学を卒業見込みのため、今後情報が更新される可能性があります。

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