山本里菜さんが通った高校は、東京都港区にある私立女子校「山脇学園高等学校」です。
元TBSアナウンサーとして「あさチャン!」や「サンデージャポン」で活躍し、現在はフリーとして幅広く活動する山本里菜さん。テレビで見るたびに「どんな高校生だったんだろう?」と気になる人は多いはず。
この記事では、山本里菜さんの高校時代のエピソードを中心に、生徒会長やダンス部での活動、そしてアナウンサーを志すきっかけになった転機まで、詳しく紹介します。
この記事でわかること
- 山脇学園の偏差値は公式には存在しない
- 生徒会長×6年ダンス部が現在の原点
- 高校時代に夢がCAからアナウンサーへ転換
山本里菜が通った高校はどこ?山脇学園の実態
山脇学園ってどんな学校?偏差値・雰囲気・特色
山本里菜さんの出身高校は、東京都港区赤坂にある私立女子校「山脇学園高等学校」です。
1903年(明治36年)創立と、100年以上の歴史を持つ伝統女子校。
都心の好立地でありながら、落ち着いた学習環境で知られています。
「山脇学園高校の偏差値は?」と検索する人は多いのですが、ここで一つ大切なことをお伝えします。
山脇学園は完全中高一貫校のため、高校からの外部募集がありません。
ネット上でよく見かける「偏差値62」という数値はあくまで推定値であり、公式な高校偏差値は存在しません。
この学校の情報を調べる際は、その点を頭に入れておいてください。
山本里菜さんは千葉市中央区の出身で、毎日千葉から港区赤坂まで電車で通学していたとみられます。
かなりの距離を通い続けた事実からも、この学校への思い入れの深さが伝わってきます。
なお、山脇学園の著名な卒業生は以下のとおりです。
- 朝丘雪路(女優)
- 長谷川町子(漫画家・『サザエさん』作者)
- 貫地谷しほり(女優・中退)
各界で活躍した女性たちを輩出してきた、歴史ある学校です。
生徒会長・ダンス部6年…高校時代の山本里菜の素顔
山本里菜さんの高校時代を一言で表すなら、「全力で動いていた6年間」。
生徒会長、ダンス部、そして感動の文化祭——その詳細を見ていきましょう。
生徒会長として何をしていた?
山本里菜さんは、高校時代に生徒会長を務めていました。
学校行事のとりまとめ、先生と生徒の橋渡し、全校生徒の前でのスピーチ……責任の重い役職を、自ら引き受けていたわけです。
当時から人前に立つことを避けるどころか、むしろ積極的に飛び込んでいたことがわかります。
アナウンサーの仕事に欠かせない「場を仕切る力」や「聞き手を引き込むトーク力」。
その原型は、10代のころから着々と形づくられていたんですね。
「話す力」だけでなく「まとめる力」も、高校時代にすでに磨かれていたのです。
6年間ダンス部で培ったものとは?
ダンスは、山本里菜さんの公式プロフィールにも記載された「特技」です(出典:セント・フォース 山本里菜プロフィール)。
その歴史は中学入学時にさかのぼります。
中高合わせて6年間、ダンス部に在籍し続けました。
受験勉強、定期テスト、生徒会活動——それらと並行しながら続けた6年間は、並大抵の意志ではありません。
そして、特に心に残るのが高校最後の文化祭での出来事です。
6年間の集大成として舞台に立ち、終演後に山本里菜さんは大泣きしたと伝えられています。
スポットライトを浴び、仲間と踊り、幕が下りたあとに涙があふれてくる——その一滴に、6年間の本気が全部詰まっていたんだと思います。
この表現力と身体能力は、TBS在籍時にバラエティー番組でダンスを披露した際にも発揮されています。
高校の舞台で流した涙が、のちの仕事の糧になっていたとしたら、なんとも感慨深い話です。
さまざまな表情を見せてくれたと思えば、フォトグラファーのリクエストに応え、靴を脱いで裸足で寝転ぶなど、サービス精神旺盛に撮影に臨んでくれたフリーアナウンサーの山本里菜さん。https://t.co/wKh5nO7vjp pic.twitter.com/P6OIjSOGMY
— GOETHE [ゲーテ] (@GOETHE_magazine) March 22, 2026
アナウンサーになるきっかけは高校時代にあった
CAからアナウンサーへ、夢が変わった瞬間
「山本里菜さんは最初からアナウンサーを目指していた」——そう思っている人は多いかもしれません。
でも、実はそうではありません。
中学時代の夢は、CA(キャビンアテンダント)でした。
英語が好きで、世界を飛び回る仕事に強く憧れていたそうです。
ところが、高校時代にCA採用の現実を知り、方向転換することになります。
本人がインタビューで語ったエピソードによれば、語学力と身長の面でCA職への道が難しいと感じたとのこと(身長は156cmで、一部の航空会社では採用条件に身長制限があります)。
でも、これは「夢を諦めた話」ではありません。
一つの扉が閉じたとき、自分で次の扉を開けた。
それが山本里菜さんの高校時代の本質です。
「夢が変わること=失敗」なんかじゃない。
自分に正直に動ける力があったからこそ、今の姿があるのです。
「夢を変えるのは逃げじゃないか」と悩んでいる人にとって、彼女の歩みは静かな励ましになるはずです。
全国高校サッカーの応援での「キラキラした光景」
夢が変わったきっかけは、ある日の応援体験でした。
山本里菜さんのお兄さんは高校サッカー選手として全国高校サッカー選手権に出場しており、その応援に駆けつけた山本里菜さんは、試合会場でアナウンサーの仕事を間近で目にします。
本人はのちのインタビューでこう語っています。
「兄が出場した全国高校サッカー選手権の応援に行った時に、間近でアナウンサーがインタビューしてカメラに向かってお伝えしている姿がとてもキラキラしていて、私もこのような仕事に携わりたいと思いました」
joseiana
「キラキラしていた」という言葉が、妙にリアルです。
理屈じゃなく、感覚として「これだ」とわかる瞬間って、ありますよね。
しかも、それは教室や参考書の中ではなく、兄の応援に行った日に突然やってきた転機でした。
家族との絆が、人生の方向を変えた——そういうドラマが、高校時代の山本里菜さんにはあったわけです。
高校時代の経験が今の山本里菜をつくった
青学・ミスコン・TBSへ続く「高校時代の下地」
高校卒業後、山本里菜さんは青山学院大学 文学部英米文学科(偏差値65)に進学します。
大学では「ミス青山コンテスト2014」のファイナリスト6名に残り(出典:ミスコレ ミス青山コンテスト2014)、フジテレビ主催の「アナウンストレーニング(アナトレ)」も受講。
「毎回の授業がとても濃く、自分の欠点を徹底的に見ていただけた」と振り返っています(出典:BSフジ インタビュー)。
行動できる人は、高校時代からすでに行動しています。
生徒会長を経験し、ダンスを6年続け、兄の試合会場に足を運ぶ——その積み重ねが、大学・就活での行動力に変わっていきました。
高校時代に育てた「動ける自分」があったからこそ、大学でもチャンスをつかみ続けられたのです。
また、フリーアナウンサーとして活躍する中川安奈アナの転身ストーリーと比較すると、山本里菜さんの「高校時代から積み上げてきた型」の強さが際立ちます。
2023年フリー転向後も輝き続ける「やまりな」の今
2017年TBS入社後は「あさチャン!」「サンデージャポン」などの人気番組でキャリアを積み、2023年にTBSを退社。現在はセント・フォース所属のフリーアナウンサーとして活動しています(出典:セント・フォース 公式プロフィール)。
フリー転向後も活動の幅は広がり続けており、2026年4月にもメディアで話題になるなど、注目度は現在進行形です。
「やまりな」の愛称で親しまれる彼女の明るさ、行動力、表現力。その原点は、東京都港区の女子校で過ごした6年間と、兄の試合会場で感じた「あの感動」にあるはずです。
まとめ|山本里菜の高校時代を3つのポイントで振り返る
この記事では、山本里菜さんの高校時代について詳しく解説してきました。最後に要点を整理します。
- 高校は山脇学園(東京都港区):中高一貫私立女子校で内部進学。よく見かける「偏差値62」はあくまで推定値であり、公式値は存在しない
- 生徒会長×ダンス部6年が人格の土台:高校最後の文化祭で大泣きするほど本気で打ち込み、リーダーシップと表現力を同時に育てた
- アナウンサー志望のきっかけは「兄の全国高校サッカー応援」:CA夢断念という挫折を経て、高校時代に新たな夢と出会った
高校時代のエピソードを知ると、山本里菜さんの「伝える仕事」への情熱がどこから来ているのか、少しだけわかる気がします。
